自分の不都合なことだけを忘れる・受け入れない高齢者との関わり方
2025.10.05
はじめに:現場で増える「意固地な高齢患者」への対応課題
「うちは完全予約制のクリニックなので予約しないで来たらすごく待たなきゃならないんですよ。」
何度も何度も説明しても「はじめて聞いた」と居直る。
自分の待ち時間だけ早めるように要求してくる高齢者。
「佐藤さん、こんにちは。」と、しっかりと挨拶しても「挨拶すらされてない」と言い張る高齢者。
「仏の顔も三度まで」と言いたいが、応召義務から診察をしないわけもいかない。意固地な高齢患者の対応に追われ、仕事へのモチベーションが下がり職員に辞められても困る。だからスタッフ任せばかりにもできない。
ではどうするか。今回は、自分に不都合なことを忘れる、受け入れない高齢者の対応について考察する。
患者の行動の裏には必ず「心理的な理由」があります。
今回のテーマは、「自分に不都合なことを忘れる・受け入れない高齢者」との関わり方。
単なる「高齢者対応」ではなく、人間理解に基づいた“関係性のデザイン”を考えていきましょう。
高齢者が「話を聞かない・理解しない」3つのタイプ
私は、看護師として高齢者病棟に勤務し、現在は教育支援先の病院で職員相談にあたっています。
その経験から、「話を聞かない」「理解しない」高齢患者には次の3タイプがあると整理しています。
- 本当に忘れているタイプ
加齢による記銘力低下が原因で、悪意はなく繰り返し説明しても記憶が抜け落ちてしまうケース。 - 説明を理解できていないタイプ
聴覚や認知の問題、または言葉の難しさが原因で、意味をきちんと理解できていないケース。 - 特別扱いを望んでいるタイプ
孤独や承認欲求を背景に、「もっと自分を大事にしてほしい」という心理が行動に表れているケース。
それぞれに対して、異なる関わり方が必要です。
次の章で、タイプ別の対応策を具体的に見ていきましょう。
① 本当に忘れている高齢者への対応
「また忘れてしまった」と口にする患者の言葉には、不安や自責の気持ちが隠れています。
このタイプに対しては、“責める”のではなく“支える”姿勢が重要です。
家族を早めに巻き込む
再来院トラブルを防ぐには、初期段階で家族に協力を依頼することが効果的です。
「完全予約制のため、来院前にご確認をお願いします」と伝えるだけでも、再発防止につながります。
視覚的に理解できる工夫
一人暮らしの患者には、「見て思い出せる仕組み」を整えることがポイント。
カレンダーや薬置き場にメモを貼る、年間スケジュールを配布して通院日を自分で丸をつけてもらうなど、
“思い出すトリガー”を作ることでトラブルを減らせます。
スタッフのマインドセット
若いスタッフほど「また忘れてる」と反応してしまいがちですが、患者自身が「忘れてしまった自分」に最もショックを受けています。
「忘れても大丈夫ですよ。ここに貼っておきましょうね。」
この一言の優しさが、信頼関係を築きます。
② 説明を理解できていない高齢者への対応
説明をしても「聞いていない」と感じる場合、実は“理解が追いついていない”ケースが多くあります。
このタイプへの対応では、伝え方が重要になります。
「伝え返し(リピートバック)」を活用する
説明後に「今の内容をもう一度お話しいただけますか?」と依頼して理解度を確認。
確認のプロセス自体が患者の安心感を高めます。
「依頼系」で伝える
「理解できましたか?」という質問は、相手を試すような印象を与えがちです。
「~してもらえますか?」と依頼形に変えることで、尊重と信頼のメッセージが伝わります。
小さな言葉の違いが、誤解防止と関係構築の鍵になります。
③「特別扱いを望む」タイプへの対応
「自分だけ先に診てほしい」「もっと丁寧に接してほしい」——
こうした要求の裏には、孤独感や承認欲求が潜んでいます。
高齢者の“心の渇き”をどう満たすかがポイントです。
「ごね得型」には毅然と
あくまで平等を貫き、例外対応をしない姿勢を明確にします。
「○○さんだけ特別に早く診察することはできません。」と穏やかに線を引くことで、トラブルを防ぎます。
「孤独型」には傾聴を
一方、孤独が原因の場合は、話を聴く時間を確保することが最も効果的。
わずか数分でも「自分を気にかけてくれた」と感じるだけで、態度が軟化するケースが多くあります。
傾聴は「あなたを大切にしています」というメッセージなのです。
高齢者の心理を理解する鍵:「ストローク理論」
「なぜこの人は怒るのか」「どうして挨拶にこだわるのか」その答えを解く鍵が、交流分析の「ストローク理論」です。
ストロークとは何か
交流分析の創始者エリック・バーンは、
「人はストローク(関心・反応)を得るために生きている」
と述べています。
ストロークとは、他者からの関心や反応のこと。
プラスのストローク(賞賛・共感)が得られない人は、マイナスのストローク(叱責・否定)でも求めてしまいます。
医療現場でも、患者がクレームや強い言葉で反応を引き出そうとするのは、「自分を見てほしい」という心の叫びです。
プラスのストロークを返す工夫
「挨拶したつもりでしたが、届いていなかったようで失礼しました。」
「挨拶って本当に大切ですよね。」といった一言が、マイナスのやりとりをプラスに変える力を持ちます。
相手が“受け止められた”と感じることが、関係改善の第一歩です。
組織で考える「孤独のケア」
孤独を背景にしたトラブルは、個人の努力だけでは限界があります。
医療現場においては「組織として孤独をケアする仕組みづくり」が必要です。
心理職の導入
保育士のように、臨床心理士や公認心理師を配置する医療機関も増えています。
感情労働の負担を分担し、スタッフの離職防止にも効果的です。
患者の心を理解する専門職を組織に取り入れることは、これからの時代の新しい選択肢です。
多職種連携によるタスクシェア
心理職・看護師・事務職などが役割を分担することで、
スタッフ一人ひとりが本来の仕事に集中できる環境をつくる。
それが、医療サービスの質を高め、持続可能なチームづくりにつながります。
まとめ:高齢者対応は「関係性のデザイン」
高齢化が進む今、医療機関にとって高齢者は最も大切な顧客層です。
その関係をどう築くかは、単なる接遇の問題ではなく“組織文化”の問題です。
- 忘れるタイプには「責めずに支える」
- 理解できないタイプには「やさしい伝え返し」
- 特別扱いを求めるタイプには「孤独への理解」
人を変えるのではなく、関係をデザインする。
それが、スタッフを守り、患者の尊厳を守る医療の形です。
そして今——あなたの職場は「熱湯」?「水風呂」?「ぬるま湯」?
現場を混乱させるのは患者だけではありません。
実は、スタッフ同士の“温度差”も大きな要因です。
- 熱湯タイプ:理想が高く、燃え尽きやすい
- 水風呂タイプ:指示された分しか動かない
- ぬるま湯タイプ:危機感が薄れ、成長が止まる
こうしたスタッフのやる気の差(熱湯に例えると温度差)を感覚ではなく、データで見える化するのが「ぬるま湯診断」です。
診断を通じて、チームの現状が明確になり、「何を変えるべきか」「どこを支援すべきか」が具体的に見えてきます。あなたの職場は、今どんな湯加減でしょうか?
「ぬるま湯診断」で、スタッフの温度とチームの現状を見える化してみませんか。





