「認知のゆがみ」を把握し、リードする
2026.03.16
「取り越し苦労」を『考えが深い』と錯覚している
今回は母との関わりから高齢者とのコミュニケーションについて考えたい。
母は元中学校の教師で体育と音楽を教えていた。そのせいか恐ろしくプライドが高く、友達とのコミュニケーションも「何かを教える」的なパターンを好む。結局、その関係性がOKという人しか「つき合いが続かない」ので母には友達がほとんどいない。今、周りで支えてくれている人達は、本人と家族にとっては本当に貴重でありがたい存在である。
しかし、母はそんな友達のことも「あの人は頭が悪い」などと平気で悪口を言う。事故後のPTSDで不安と不眠に悩んでいた母に、ある友達が「あなたは頭がいいから、いろいろ考えすぎるのよ。私みたいにダンスしたり体操したりして、楽しいことして気晴らしすれば身体も疲れて眠れるし、いつの間にか忘れちゃうわよ」と言ったことに対して「あの人みたいに頭が悪いと考えないから楽でいい。私は、遊び惚けてなんていられない」と憤慨していた。
そのお友達自身も幼い頃、兄弟2人を亡くしたり、子どもが非行に走ったり、人生で様々な苦労をしてきた人でもあり、ストレスマネジメント的にもその方の言う通りだと筆者は思うが、母の耳には届かない。
「取り越し苦労」は立派な「認知のゆがみ」
「高齢者あるある」のこのワンシーンから、母には「頭がいい人は『考える』ものだ」という「認知のゆがみ」があるということがわかる。母が『考えている』と思っていることは、じつは「不安からくる症状」で「決めつけ」「こだわり」でもあり、決していいものではない。
先日、職場の飲み会に参加し、代行車で帰ってきた姉が、酔って車の中でしばらく寝ていたことがあった。それをたまたま発見して介抱した母は、次の日姉に「またあんたが、車で寝てしまったらどうしよう」と考えると眠れなくなる。だからもう「飲み会には行くな」と言い出した。
この他にも最近、孫の将来について勝手に悪くなる未来を予測し、悶々として周囲に当たり散らすこともあった。
この未来が悪くなるだろうと予測することを母は『考える』と錯覚しているのだが、これは認知療法でいうところの「先読みの誤り(取り越し苦労)」であり、「認知のゆがみ」である。つまり「考え方が歪んでいる」という「よくないこと」なのだが、母はこの「取り越し苦労」を『深く考えている』『娘や孫のことを心配している』と、「よいこと」として捉えている。
そして、取り越し苦労で想像した悪いことが起こらないように、姉や孫の行動を規制し、変えさせようとする。また、これまでさほど悪いことが起こらなかったのは、自分がこんなふうに『考えて』(取り越し苦労)注意喚起してきた賜物(成功体験)であり、これが家族の中での自分の役割だと思っているので、質が悪い。
今回も自分の不安を他者の行動を規制(姉の飲み会を禁止する)して解消しようとしているので、見かねて筆者が介入することにした(姉に関しては、飲み会のあと車で寝るのは日常茶飯事で、翌日はピンピンしているのだから)。
母の言動に潜む「認知のゆがみ」を整理する
母の言動の根底にある「認知のゆがみ」は、以下のように整理できる。
- 頭がいい人は『考える』ものだ → A=B(決めつけ)
- 『考える』=取り越し苦労のおかげで家族が守れた → XだからY(決めつけ)
- 「取り越し苦労」は『娘や孫のことを心配している』よいこと → A=B(決めつけ)
- 『私は、考えずに遊び惚けてなんていられない』 → ~すべき思考(遊ぶ前に考えるべき)
表1 コーチング 認知のゆがみ

コーチングや講義で活用している「認知のゆがみ」の表に照らし合わせると、母のもっているゆがみは5番「先読みの誤り」(取り越し苦労)と6番の決めつけ(A=BやXだからY)と7番の「~すべき思考」と推測される。
「こだわり」「頑固」はこうして生まれる
とくに6番の決めつけと7番の「~すべき思考」が強くなると、周囲には「こだわり」「頑固」と映る。そして、うまく言語化ができなくなると「キレる」「暴言」「暴力」へとエスカレートしていく。
否定せずによりよい状態へ導く
人の言動には理由がある。その言動を引き起こしている「認知」は何なのかをつかみ、深く理解して、次の一手を考えることが大切だ。





