認知症による幻視・幻聴に悩む高齢者とのかかわり
2025.10.11
〜「否定せず、味方になる」視点を持とう〜
幻視・幻聴が引き起こす“恐怖”と“誤解”
レビー小体型認知症の方には、リアルな幻視・幻聴が頻繁に見られます。
たとえば「床が川に見える」「食事に虫が入っているように見える」など。
認知症が進行すると、本人はそれを“現実”と感じてしまい、恐怖から暴言・暴力といった行動につながることも少なくありません。
医療従事者でさえ対応が難しいこれらの症状。
家族や一般の人にとってはなおさら理解が難しく、介護者の心を追い詰めてしまうケースもあります。
筆者(奥山美奈)は元看護師として、こうした高齢者との関わりの難しさを痛感してきました。
だからこそ、幻視・幻聴を「恐怖」ではなく「理解」に変えてもらうために、VR教材を制作しました。
本記事でも紹介しますので、ぜひ一度体験してみてください。
VRゴーグルを使うと、まるで自分がその患者になったような感覚を体験できます。
幻視によって「突き落とされる」恐怖を感じる患者の世界
川に見える床、そして怒りに変わる防衛反応
ある高齢者施設での車椅子移乗の場面。
介助者は一歩前に進むよう促しますが、患者にはその一歩先が“川”に見えています。
筆者も看護師時代、「突き落とす気か!」と怒鳴られたことがありました。
幻視が強いと、逆にこちらを突き飛ばそうとするケースもあります。
筆者が制作したVR教材では、このシーンを再現。
実際に体験した人の多くが「怖い、怖い!」と叫び、3人に1人は思わず介助者の手を払いのけました。
幻視の恐怖は、想像を超えたリアルな体験です。
このように、患者の“防衛反応”が暴力として現れていることを、介護者が理解することが第一歩です。
食事介助に潜む幻視・幻聴の連鎖
「虫を入れられた」「殺される」——幻視から妄想へ
次のVRシーンは、食事介助中の出来事。
「虫を入れられた」「殺す気か!」と訴え、膳を払いのけて暴れる患者。
さらにその幻視がきっかけで「死ね」「殺される」という幻聴や妄想が起こり、最愛の息子にまで暴力が及びます。
筆者が看護師として現場で経験したことに基づく実例です。
家族に知識がないと、暴言を「親の本心」と誤解してしまい、深く傷つくことがあります。
元気だった頃の親を知っているからこそ、変わり果てた姿にショックを受け、介護意欲を失う人も少なくありません。
否定ではなく「理解」を伝えることが支えになる
そんなとき、表面的な励ましよりも「症状の理解」が重要です。
「これは病気による幻視・幻聴であり、あなたを攻撃しているわけではない」という説明が、家族の心を救うこともあります。
レビー小体型認知症では、実在しない動物や人をリアルに見る幻視が多く、アルツハイマー型でもまれに発症します。
これらは脳の側頭葉や後頭葉の異常によるもので、五感と空間認識が混乱し、幻臭・幻味・体感幻覚なども起こります。
筆者自身、コロナ後遺症で半年ほど「苦い味」「焦げたような臭い」に苦しみました。
その経験からも、幻覚症状が続く恐怖と絶望を実感しました。
患者が「殺してくれ」と口にする背景には、想像を絶する苦痛があるのです。
暴力を防ぐ“関わり方の基本
「敵」ではなく「味方」として接する
筆者の経験では、暴力を受ける看護師は決まって同じ人でした。
「そんなことあるわけない」と否定し、「食べないなら明日から抜きますよ」と脅すような対応をしていたのです。
認知症患者は理性で判断できない状態です。
「敵」か「味方」かで反応が変わります。
だからこそ、否定せず、共感し、安心させる言葉が重要です。
環境づくりと安心感の演出
錯視を減らす住環境の工夫
認知症患者は、壁のしみや木目、市松模様の床などを「人の顔」「動くもの」と錯覚することがあります。
これが幻視・幻聴・妄想を悪化させる原因になるため、次のような工夫が有効です。
- 壁のしみや木目はポスターなどで隠す
- 幾何学模様や市松模様のクッション・カーペットを避ける
- 足元照明を設置し、影や段差を明るくする
転倒防止にもつながり、廃用症候群を防ぐ効果もあります。
「否定せず・寄り添う」声かけの実例
患者が「虫がいる」と言ったら、「それは大変!すぐに変えますね」と共感を示す。
「落とされる」と怯えたら、「大丈夫ですよ、こうして支えています」と声をかけながら手を握る。
「死んだ父がいる」と話したら、「〇〇さんに会いに来られたんですね」と肯定的に受け止める。
子どもが幽霊を見て泣いたときに、親が抱きしめて「もう大丈夫」と安心させるように。
幻視・幻聴に苦しむ高齢者にも、同じ「安心感」が必要なのです。
まとめ|“幻視・幻聴”の理解が関係を変える
幻視・幻聴は、認知症という病気の一症状です。
それを「わがまま」「暴力」と切り捨てるのではなく、恐怖に寄り添う視点を持つことで、介護の現場は大きく変わります。
否定せず、共感し、環境を整える。
それが、患者の尊厳を守り、介護者の心を守る最善の方法です。
自分の職場に「温度差」を感じたら——無料でチームの傾向をチェック
幻視や幻聴に悩む認知症患者への対応は、1人の看護師の努力だけでは続きません。
組織全体で向き合うことが大切です。
どれだけ丁寧に寄り添おうとしても、職場全体の関わり方の温度差が大きいと、支援がちぐはぐになってしまいます。
たとえば、
- 幻視を訴える患者に「そんなの見えるわけない」と言うスタッフと、寄り添うスタッフが共存している
- 「忙しいから仕方ない」という空気が蔓延し、真剣に向き合う人ほど浮いてしまう
- 指示待ち体質の若手と、疲弊する中堅が対立している
こうした温度差を放置すると、ケアの質だけでなく、組織全体の信頼と離職率にも影響します。
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