「過緊張の高齢者」には特効薬。「天狗な後輩」には猛毒になるワンダウンポジション

2026.05.14

過緊張の高齢者に見られる「白衣症候群」

ケアマネジャーが介護認定のために認知症が疑がわれる高齢者のお宅に訪問すると、これまでにないくらい「シャキ」っと受け答えして認定にならずに家族ががっかりした。こんなことがたまに起こる。

外来でも診療中に「困っていることはないですか?」と尋ねると、
「家族に迷惑をかけている分際で『困っている』など言えた義理ではありません!」と、感情を抑圧してしまい、普段の様子が聞き出せない。こんなタイプの高齢者に出くわすことはないだろうか。

筆者も看護師のころ、脳梗塞で入院した83歳の患者はベッド上安静なのだが「人様に迷惑はかけられない」と動きすぎるので「再梗塞が起こるといけないのでトイレのときは必ずナースコールで看護師を呼んでもらわないと困ります」と、言わなければならなかった。

注意するとその都度、「はい!上長のおっしゃる通りでございます」と、まるで戦地か?のごとく返事をしてくれる人だったが、結局は「上長に下の世話などをさせることはできません」と、気がづくとトイレ歩行をしていて、それはそれで困った。

これ以外にも、バイタルを測りに訪室すると必ず「ベッドに正座」してくれる人や家庭で測る血圧は130代なのに外来で計測すると160代になってしまうような人もよくいた。いわゆる「白衣症候群」だ。こんなふうな「過緊張の高齢者」と関わるときにお勧めしたいのが『ワンダウンポジション』というコミュニケーション手法だ。

緊張を解きほぐす『ワンダウンポジション』

『ワンダウンポジション』はよく、カウンセリングやコーチングで用いられるテクニックで、文字通り「一段下の位置からコミュニケーションをとる」ことを指す。雨の中、定期受診に訪れた患者に「足元が悪い中、よく来てくださいましたね。ありがとうございます。血圧、測らせてもらってもいいですか?」と、声をかける医療者がいるが、こんなふうなやりとりが「ワンダウンポジション」にあたる。

医療者は「患者指導」の名のもとに無意識に「上から」話しかけてしまうことがある。(筆者は医療者を育成するときから「患者指導」という表現を「情報提供」と置き換えた方がよいのでは?と思っているが……)「ワンダウン」に対比すれば「ワンアップ」だろうか。

いずれにしてもこれは前述した過緊張の高齢者の血圧をさらに上げ、ベッド上安静の高齢者に「敬礼」を促すようなものだ。こんなとき、やはり「ワンダウン」はいいかもしれない。

ワンダウンポジションが逆効果になるケース

しかし、いつ何時でもこのポジションがいいかと言えばそうではない。

例えば、仕事が少しできるようになってきた鼻っ柱の強い部下や後輩を「すごいね、すごいね」と持ち上げすぎると容易に「天狗さま」になってしまう。

これも筆者の経験で恐縮だが、子どもが小さいころ枕もとで、「ママの子どもに生まれてきてくれてありがとうね。」とささやいて寝かしつけるのを日課にしていた。3人兄弟の末っ子、放任家族で育った筆者は「親に言ってほしかった言葉」を自分の子どもにかけることで補完し、「理想の母親」ごとく振る舞う自分に酔っていたのかもしれない。そんなとき、娘と一緒に買い物にでかけ、事は起こった。

「ゲーム買って、ゲーム買って」と、地団駄を踏む娘を「この前買ったばっかりだから今日はダメ。誕生日まで待ちなさい」と叱ると、小学3年生になっていた娘は、ショッピングセンターに響き渡るドスのきいた大声で『言うこときかないなら、もう、ママの子どもに生まれてきてあげないからな!』と言い放った。あべこべだ。

当時、高校教諭だった筆者は、目の前の「教育の失敗例」に愕然とした。そして悟った。「親に言ってほしかった言葉をそのまま投げかける」ことがいいことなのではない。教育はそんな単純なものではない。対象の成長発達に合わせて必要なメッセージを送るようにしなげれば、横柄な人間が出来上がるだけなのだ、と。

自信のなさが招く「なめられる」関係性

「人を見て法を説け」というお釈迦さまの言葉は、まさにこのことなのではないか、そう思わされる出来事だった。

また、教諭時代が長かった筆者は、いまだに教員研修を依頼されることが多いのだが、よく学級崩壊を起こしているクラスの新人教員に「私、どうしても学生になめられてしまうんですよね。」と相談される。

が、普段のやりとりを聞いてみるとほとんどの場合が学生に対して「皆さん、来週の月曜日に課題を出してもらえますか。」「課題を出してもらってもいいですか?」なんてやっている。もっと悪いことに「でも、体調不良とか、どうしても出せない事情がある人は仕方ないんですけど……。点数がひかれちゃうかもしれないんですけど……」なんて余計なことまで言っている。

本来は、教員というポジションで明確に指示すべきところを自ら「ワンダウンポジション」を取ってしまっているのだ。相談者に「教員が勝手に『へりくだる』と、相対的に学生が『上』になってしまうんですよ、先生。なめられていると感じる関係性を変えたければ、教員ポジションをしっかりと取ることですね。」とアドバイスすると、「でも、私、3月まで病院で働いてて、人が足りないからって、異動で附属の看護学校に配属されただけで……。教員養成も行ってないし、だから教育なんて何もわかってなくて……。」と続く。

自信のなさが無意識に「ワンダウンポジション」につながることが往々にして、ある。こうした態度が学生には新人教員が「媚びを売っているように見える」ので「○○ちゃーん、課題出すのやめなよぉ」など軽口を誘発する原因になってしまうのだ。

ではどうするか、言葉だけに着目すればこうするのがおススメだ。

明確な指示を出すためのNG例・OK例

NGな例

  • 「皆さん、来週の月曜日に課題を出してもらえますか。」(依頼系の言葉は指示に向かない)
  • 「課題を出してもらってもいいですか。」(依頼系の言葉は選択権が相手になる)
  • 「体調不良とか、どうしても出せない事情がある人は点数がひかれちゃうかもしれないんですけど……」(ダブルメッセージ:出しても出さなくてもどちらでもいいよ)

OKな例

  • 「皆さん、課題提出期限は来週の月曜日です。出さない人は終講試験から15点引かれます。体調を整えて課題に取り組むように。以上。」(明確な指示と学ぶ姿勢の教示)

医療はサービス業か?適切な「横の関係」の構築

こんなふうに、人格形成の発展途上にある者に関しては、目上の者が「ワンダウンポジション」をとることはその対象の成長を阻害することにもなり得るので注意が必要である。

人間の脳は惰性を好む。目の前の人に、ワンダウンポジション取るのがいいかどうかを判断するのはエネルギーを要するので、一回決めたらずっと「ワンダウンポジション」でいくのが楽なのだ。しかし、それでは天狗も育成するし、昨今、知名度を上げてきた「ペイシェントハラスメント」をも助長しかねない。

どこぞのCA(キャビンアテンダント)が言い出したのか、「医療もサービス業なのだ」と、ひと頃「患者様」と呼ぶことが流行ろうとしたことがあったが、やっぱり定着はしなかった。「~様」と呼ぶならサービス提供のすべてを様扱いで通さないと統一感がない。CAならコーヒーを配ったり、シートベルトをさせたりして数時間の空の旅を「~様」で通すことは容易だが、医療者はそうはいかない。

治療のために我々は、注射もするし、コンプライアンスの低い患者には厳しい指導だってしなければならない立場だ。「痛いからやめてほしい」と懇願されても、命を守るためにはそれらをする必要がある。そんなことを考えると治療契約は横の関係の方が医療を提供しやすいのではないだろうか。呼び方で表現するなら、横の関係とは「~さん」と呼ぶことだろう。

奥山美奈
奥山美奈
看護師、高等学校教諭(看護)を経てTNサクセスコーチング(株)を設立。管理者教育から採用プロジェクトチームの指導、人事評価の構築などの組織の課題をまるごと解決するマグネット化支援を行う。現職の管理職を、人を育て組織の経営課題も解決する「院内コーチ」へと昇格させる「コーチ認定制度」は奥山オリジナルプログラム。認定者のその数300名。ソフトテニスで3度の国体出場、2013年度マスターズ全国大会準優勝の経験から提供されるコーチングは圧倒的な成果を産んでいる。書著5冊。連載、講演多数。エルゼピアジャパン「上手な叱られ方」「医療にとって本当に必要な接遇とは何か」e-learning講師。S-QUE「訪問看護」e-learning総合監修。
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