高齢者とのコミュニケーション術|無理のない行動変容を促す
2025.12.26
1. 高齢患者の「取り越し苦労」と「認知のゆがみ」を理解する
「取り越し苦労」を『考えが深い』と錯覚する背景
筆者の母は元中学校の教師で、体育と音楽を教えていました。そのせいか恐ろしくプライドが高く、友達とのコミュニケーションも「何かを教える」的なパターンを好みます。結局、その関係性がOKという人しか「つき合いが続かない」ので、母には友達がほとんどいないのが現状です。
事故後のPTSDで不安と不眠に悩んでいた母に、ある友達が「あなたは頭がいいから、いろいろ考えすぎるのよ。私みたいにダンスしたり体操したりして、気晴らしすれば身体も疲れて眠れるし、いつの間にか忘れちゃうわよ」と言いました。これに対し母は、「あの人みたいに頭が悪いと考えないから楽でいい。私は、遊び惚けてなんていられない」と憤慨していました。
母の耳には届きませんが、ここには「高齢者あるある」のワンシーンである「頭がいい人は『考える』ものだ」という認知のゆがみが隠れています。
「先読みの誤り」による家族への行動規制
母が『考えている』と思っていることは、じつは不安からくる症状で「決めつけ」や「こだわり」です。
例えば、姉が飲み会の代行車で帰宅し、車内で寝ていたことがありました。それを発見して介抱した母は、次の日姉に「またあんたが、車で寝てしまったらどうしよう」と考えると眠れなくなるからと、「飲み会には行くな」と言い出したのです。
これは未来が悪くなるだろうと予測する「先読みの誤り(取り越し苦労)」ですが、母はこの「取り越し苦労」を『深く考えている』『家族を心配している』と「よいこと」として捉えています。これまで悪いことが起こらなかったのは、自分の注意喚起の賜物(成功体験)であり、これが自分の役割だと思い込んでいるため、質が悪いのです。
2. 否定せずによりよい状態へ導くための分析
母の言動の根底には、以下のような認知のゆがみが推測されます。
- 「頭がいい人は『考える』ものだ」(A=B 決めつけ)
- 「『考える』=取り越し苦労のおかげで家族が守れた」(XだからY)
- 「『私は、考えずに遊び惚けてなんていられない』」(~すべき思考)
これらが強くなると、周囲には「こだわり」「頑固」と映ります。そしてうまく言語化ができなくなると、暴言や暴力へとエスカレートすることもあります。診察室で見られる高齢患者の言動にも必ず理由があります。その認知は何なのかをつかみ、深く理解して次の一手を考えることが大切です。
3. 「発問」を活用した無理のない行動変容
人は「自分の考え」に従い、「自己決定」を望む
人は誰かに意見を押しつけられると反発したり、むしろ逆のことをしたりします。これは「心理的リアクタンス」と呼ばれる反応です。
コーチングの現場では、クライアントに日記をつけてもらい「認知のゆがみ」を手放してもらう手法がありますが、自分の考えに固執する高齢者にはそれが難しい場合が多いです。特に成功体験に基づいた自信は失わせずにリードしたいところです。
そこで有効なのが、教育現場で活用される「発問(はつもん)」です。「相手はこういう答えを返すだろう」という答えを想定し、「問い」として相手に投げかける手法です。
現場で役立つ「発問」のミックスと伝え方
前述の「姉に飲み会に行くな」という母のケースで、筆者は次のように発問をミックスしてやりとりをしました。
筆者:「姉ちゃんに『また事故に合うと悪いから一人で出かけないで』って言われたよね?」 母:「不安なのはわかるけど、ここまでいくと監禁だ」
筆者:「姉ちゃんが不安だから、お母さんに一生外にでるなというのも違うよねぇ?」
母:「それは違う。人は人に対して、ああしろ、こうしろなんて指図すべきじゃない」
筆者:「『姉ちゃんに、飲み会に行くな』っていうのも、もしかしたら指図になる?」
母:「……。でも、それはあの子を心配して言うことだから……。」
このように発問で相手の「信条(~すべき)」を引き出し、それを逆手に取ることで、本人の納得感を保ったまま行動を促すことができます。
4. 高齢者の「考え」を正そうとしないことが成功の鍵
評価(ジャッジ)をしない姿勢
重要なのは、高齢者の認知のゆがみを「こちらが正そう」としないことです。「こんなに人の悪口を言うべきではない」と内心で評価していると、それは表情や態度ににじみ出ます。人は自分を「悪く見ている」人をすぐに見抜きます。
こちらが心穏やかでいられない時は、むしろこちら側の「~すべき」が発動していることがほとんどです。まずは自分の認知を手放す必要があります。「変えようとするな、理解せよ」のあり方が、結果的に相手の行動変容を促すのです。
「悪口」を聞き流すことも重要なケア
母が友達の楽しそうな様子に憤慨するのは、深層心理に「遊びたい」という嫉妬心があるのかもしれません。厳格な家庭で「遊ぶこと」をよしとされずに育ったフラストレーションが、悪口として発散されているのです。
しかし、あんなに悪口を言っていた友達と、次の日には楽しそうにうわさ話をしている母の姿を見ると、「悪口を聞き流してガス抜きをしてあげる」ことも、重要な高齢者ケアの一つであると本気で思います。
まとめ:院長へのメッセージ
高齢者は人生の先輩であり、医療者による指示的な対応ばかりでは動かないこともあります。事例のように、発問で相手の「行動指針」を引き出すことができれば、よりスムーズな医療提供が可能になるはずです。





